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福岡地方裁判所小倉支部 昭和51年(ワ)429号 判決 1977年11月17日

原告

園田チエ子

被告

内田文毅

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対して四二八万二、三二〇円およびこれに対する昭和四八年一一月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告

一  被告らは各自原告に対して一、二九四万〇、九六〇円およびこれに対する昭和四八年一一月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

被告ら

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする

との判決

第二当事者の主張

一  訴外園田六男は昭和四七年一二月九日午後八時四五分ごろ北九州市八幡西区藤田二丁目電車停留所の安全地帯から軌道敷内に降りて道路を横断しかけたところ、被告内田の運転する普通乗用自動車と衝突し、脳挫傷、頭蓋底骨折等の傷害を受けた。

二  右事故は被告内田が前記安全地帯側方を通過するにあたり、安全地帯に訴外六男が立つているのを認めながら徐行せず漫然時速五〇キロで進行した過失に基因するものであるから同被告には民法七〇九条の、被告東宝住宅は右自動車の保有者で自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条の各損害賠償責任がある。

三  訴外六男は昭和四七年一二月九日から昭和四八年一一月二二日まで斉藤病院、九州厚生年金病院等に入院、その後も通院加療したが、昭和五〇年一月二〇日「簡単な指示に対する理解がなく、欲求不満になると破衣行為がみられ、人が来たり、見知らぬ所へ行くと興奮状態に陥る。煙草を要求するので与えると食べようとする。独歩、疎通不能。夜尿あり。介助を要す。」等高度の痴呆状態(自賠法施行令別表一級の後遺症)が固定したものと診断されて現在に至り、日常生活につき生涯人の介助を要することは確実である。

四  右六男の負傷による原告の損害はつぎのとおりである。

(一)  原告は六男の妻であつて、本件事故がなければ六男の九州厚生年金病院退院時(四二歳四ケ月)から六七歳まで働くことができた筈であるのに、六男の生涯その付添をしなければならないため働くことができなくなつた。

右による逸失利益は賃金センサス昭和四八年および昭和四九年の女子労働者年齢別平均賃金を基礎とし、ホフマン方式で中間利息を控除して計算するのが相当であり、別紙のとおり一、八八八万一、九二一円になる。

(二)  原告固有の慰謝料は五〇〇万円が相当である。

(三)  被告らの負担すべき弁護士費用は一〇〇万円を下ることはない。

五  以上合計すれば二、四八八万一、九二一円であるところ、うち一、二九四万〇、九七〇円およびこれに対する六男の九州厚生年金病院退院の翌日である昭和四八年一一月二三日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

答弁

一  請求原因事実一のうち園田六男の傷害の点は知らずその余は認める。

二  同二は争う。本件事故現場は交差点に近く被告園田に対面する信号は青であつたので、同被告は安全地帯の側方を通つて交差点に進入すべく時速約四〇キロで進行していたところ、飲酒酩酊していた六男が対面する信号が赤を示していたにもかかわらず道路を横断すべく、突然同被告の進路上にとび出したため避けることができず発生したものである。このような場合仮に同被告が徐行していたとしても事故は避けられないものであり、右義務違反は事故の発生と因果関係はなく、結局本件事故は六男の一方的過失によつて発生したもので、被告内田には何らの過失はないのであるから、同被告にはもちろん被告東宝住宅にも損害賠償責任はない。

三  同三のうち六男が九州厚生年金病院に入院し原告主張のころ退院したことは認めるがその余は知らない。

四  同四は否認する。仮に原告主張のような事実があるとしても原告の逸失利益の算出の基礎を女子労働者の平均賃金に求めなければならない根拠はない。

抗弁、

一  仮に原告に損害賠償請求権があるとしても、時効により消滅した。

二  禁治産者宣告を受けた六男の後見人である原告が被告らを相手どつて小倉簡易裁判所に申立てた調停が昭和四八年二月二三日取下げられたが、それは被告らが五万円および六男の治療費中自賠責保険額五〇万円を超える額を支払うことをもつて本件事故についての紛争の一切を解決することを内容とする和解が成立したためであるところ、これを超える本訴請求は理由がない。

三  以上何れの主張に理由がないとしても、本件事故の原因となつた前記六男の過失は充分しんしやくさるべきである。

抗弁に対する答弁

争う。

第三立証〔略〕

理由

一  原告主張の交通事故の発生したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証、第五、第六号証、乙第四号証の九、第六号証の二、第一一号証、弁論の全趣旨から成立の認められる甲第四号証に原告本人尋問の結果を総合すると、訴外園田六男は右事故のため頭蓋底骨折、脳挫傷、右大腿骨、骨盤骨折等の重傷を受け、昭和四七年一二月九日から昭和四八年四月四日まで斉藤病院に、同日から同年一一月二二日まで九州厚生年金病院に入院加療し、(九州厚生年金病院の入退院の事実は当事者間に争いがない。)翌一一月二三日から同病院に通院して加療し昭和五〇年一月二〇日症状固定を診断されたが、当時の症状は簡単な指示さえ理解できず、欲求不満になると極端に興奮する、夜尿がある等の重度の痴呆状態にあり、常に人の介助が必要な状況にあり、施設収容の適応もないので、妻である原告が生涯付添わなければならないことは確実であることが認められる。

二  成立に争いのない甲第九号証、乙第一、第二号証、第三号証の三、第九号証を総合すると、本件事故現場は電車軌道のある道路とこれに交差する道路の信号機の設置された交差点の入り口であり、被告内田は普通乗用自動車を時速五〇キロ位で運転して軌道敷内を交差点に向つて進行中、交差点手前の電車停留所に設置してある安全地帯に園田六男が同被告の進行方向に背を向けて連れらしい婦人と向き合つて立つているのを認めたが、対面する信号が青を示していたので、右安全地帯の側方を通り抜けて交差点に進入すべく格別減速することなく安全地帯に近付いたとき、六男が道路を横断するため急に安全地帯から降りて同被告の進路上に出て来たので、同被告において危険を感じ、急停車の措置をとつたが間に合わず、六男を自動車前部に激突させたこと、六男の歩行方向の信号は赤を示していたこと、右自動車は被告東宝住宅が自己のため運行の用に供していたものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば被告内田としては自動車を運転して安全地帯の側方を進行しようとしていたものであり、しかも安全地帯上には同被告の進行方向に背を向けて立つていた六男を認めたのであるから、同被告において徐行の上安全を確認しつつ徐行すれば、本件事故の発生は防止できたものと考えられるのに、右義務を怠つたものであるから、同被告は民法七〇九条により、被告東宝住宅は自賠法三条により、原告が右事故のため間接的に蒙つた損害を賠償する責任があるものというべきである。

三  前掲乙第六号証の二、成立に争いのない乙第一三号証原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故前は日雇人夫として稼働し一ケ月五万円の収入があつたけれども、六男の加療中はもちろん今日までその付添看護にあたつたため稼働できず、また後遺症が前記のとおり重度のものであるので、その生涯にわたつて職に就くことなく看護にあたらねばならないこと、原告は昭和六年八月生れで六男の九州厚生年金病院退院時四二歳であつたこと、六男は昭和七年一〇月生れで当時四一歳であつたことが認められる。而して当時の六男の平均余命は、三二・七五年であることは統計上明らかであつて、原告の就労可能年数とみるべき二五年より長いから、右看護のため原告の蒙るべき損害の右退院時の現価は前記収入および原告の就労可能年数を基礎とし、ライプニツツ方式により算出するのが相当であり、つぎの算式により八四五万五、八〇〇円になる。

5×12×14,093=8,455,800

四  前認定の本件事故発生時の状況からすれば、六男は赤信号を無視し、しかも横断しようとする道路の安全を確めないまま突然安全地帯から降りて横断を始めたものと推認すべく、その過失は重大であり、被告内田との過失割合は六対四とみるのが相当である。したがつて前記損害額を右割合で過失相殺すれば三三八万二、三二〇円となる。

五  本件事故により前記のような重度の心身障害の後遺症に苫しむ夫を終生看護していかなければならない原告の精神的苫痛は察するに余りがあり、事故発生についての前記六男の過失の程度を考慮に入れれば慰謝料額は八〇万円相当をもつて相当と認める。

六  本件訴訟の経過、認容額等に照らすと被告らが負担すべき弁護士費用は一〇万円をもつて相当と認める。

七  なお、被告らは原告の本件損害賠償請求権は時効により消滅した旨主張する。なるほど本件事故の発生は昭和四七年一二月九日であり本訴提起の日であることの記録上明らかな昭和五一年六月四日まで三年以上経過している。しかしながら、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は損害および加害者を知つたときから進行を開始するところ、原告の主張する損害は将来にわたつて本件事故に基因する後遺症になやむ六男に付添わなければならないことによるものであるところ、前認定の六男の負傷の程度および加療の経過に照し六男に右のような重篤な後遺症の残るものであることを原告が知つたのは、他に特段の事情がない限り、六男が九州厚生年金病院を退院した昭和四八年一一月二二日以後であつたものと推認するのが相当であつて、消滅時効はこのときから進行を開始したものであつて本訴提起はこれから三年の期間経過前であるから、被告らの右主張は採用し難い。

八  つぎに被告らの和解契約成立の主張につき判断するに、成立に争いのない乙第四号証の一ないし八に証人田中嘉一郎の証言を総合すると、禁治産宣告を受けた六男の後見人である原告が被告らを相手どつて小倉簡易裁判所に本件事故による損害賠償を求める調停を申立て、昭和四八年二月二三日の調停期日において取下げたことは認められるが、右取下げの原因が被告ら主張のような和解契約成立のためであつたとする被告内田の本人尋問の結果は、前認定の六男の加療の経過(右取下げ当時六男は未だ入院加療中であつた。)や証人田中嘉一郎の証言に照らして採用することができず、他に右主張事実を首肯するに足りる証拠はない。右主張は採用できない。

九  されば被告らは原告に対して四ないし六の合計額四二八万二、三二〇円およびこれに対する六男の九州厚生年金病院退院の翌日である昭和四八年一一月二三日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度において理由があるので認容し、その余は失当として棄却すべく、民訴法九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 諸江田鶴雄)

別表

<省略>

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